インサートユアコイン、電車を降りた瞬間に数フレームの硬直があって、ガードが間に合わず赤ゲージ、毎年夏がくる度に、去年はなぜ夏を乗り切れたのだろうと疑問に思う、同じ車両に乗っていた女の子が指の絆創膏を急に剥がしはじめて、うっかり見入ってしまったことによる致命傷、左手で持ったスマホの画面をさっきまでつっついていた指に日焼けの跡ができていて、もしかしたらそういう流行りなのかもしれない、とか考えているあいだに、一方的に熱になぶられていた、発車メロディ、背中でドアが閉まる、小学生の頃、友達に借りたゲームカセットの裏に絆創膏が貼ってあって、母親の文字で名前が書かれてあったのを、ホームの階段を降りながら思い出していた、
 ディーしました、ラインやってますか、おこだよ、わかる、それな、ドコドコドコドコ、駅前がキャラクターオーバーしても人は沸き続ける、普段、熱気や熱風や熱狂と同じイントネーションでネットと発音しているはずなのに、ネットの中は涼しそう、サーフもダイブもできるし、夏はそっちへ行けばいいのに、レアドロップ狙いのハンターたちは、ソロプレイでも平気で街へ出てきて部位破壊をしはじめるから、メイド服の客引き弾幕がさらに濃くなって、当たり判定を狭めるスキルの極振りが必須になってくる、靴先のエナメル光沢、ピンクのボーダーニーハイ、 高温になったアスファルトから、蒸発するように空へ昇っていく数字たち、レベリングに夢中になれる時期というものが、ある日突然終わりを迎えて、敵を前にするプレイヤーキャラクターに、モニターの前の自分を見つけてしまったときの、真っ黒に透き通ったあの不安、ロード中の暗転した画面に、自分の顔が映り込むのを気味悪く感じはじめたのはいつからだろう、ゲームボーイをリュックに入れて遊びに出かけていた頃は、ずっと主人公だった、
 待ち合わせ場所で立ち止まる、押し付けられたビラを思わず受け取ってしまう、目の前で捨てるわけにもいかず、ランクを下げるための自機潰しだと捉えてポケットにねじ込み、彼女の姿を探す、店内から、アーケード筐体のサウンドが波になって、無数の金属片の漂流物を巻き込みながら聴覚へなだれ込む、この街にはもう、百円で回せるガチャガチャも、百円でコーヒーの飲める喫煙所もない、コインを積んで縦シューに挑んでいたひとたちは、正式な免許を順当な手続きを経て取得してから、抱え落ちしたボムをひとつひとつ、時間をかけて解体している、初回特典のコスチュームのコードをオークションに出品し、期間限定のスペシャルダンジョンに挑み、アップデートの調整に文句を言いながら、リセットマラソンを繰り返して得たステータスで、エイムした相手にヘッドショットを撃ち込んでいる彼らと、ぼくはこれからも出会えないまま、すれ違い通信し続ける、
 向こう側のカレー屋から、街の喧騒のフィルタで穴だらけになったアニソンが聞こえてくる、汗を拭いながら、巨大な尻尾のストラップをぶらさげて歩く女子高生の後ろ姿を目で追う、誰もいない方向へ似たような感嘆詞を呟いている、ハンズフリーでフリーになるのは手じゃなくて、相手の存在、はい、いいえ、
 少し遅れる、という内容のメールを受信して、ゲーセンの中へ逃げ込む、この冷気を瓶詰めにして九十九個スタックしておきたい、プライズ機のボタンを押す手、パネルをタッチする手、レバガチャする手、ガンコンを握る手、これらがすべて解放される頃には、街のマップチップはダウンロードコンソールで配信され、住民のエーアイはクラウド化されているかもしれない、攻略本が、厚くなるな、
 入り口に貼ってある音ゲーのポスターを背にして壁へもたれかかって、ポケットの中を探る、メイド喫茶でも耳かきでも足ふみマッサージでもなく、自称地下アイドルのライブの告知だった、さっきのビラには動画サイトや各種エスエヌエスのアカウントまで表記されていて、その下にはコラボしたボカロプロデューサーの名前も載っている、ケータイでバーコードの読み取りを試みるも、レイアウトの崩れたページが表示されるだけで詳細なプロフィールはわからなかった、電源ボタンに指をかけると同時に着信が鳴って、到着、どこにいるの、きょう暑いね、
 顔を見て話せない、エロゲのメッセージウインドウが下段に表示されることによる弊害、絶対領域のステマ、自動ドアが開いて、再びデバフをかけられる、質量のない電波が羨ましい、一度決めた種族は変更できないから、もっと慎重にキャラメイクするべきだったと後悔、クイックセーブはないくせに回想モードはやたら充実しているし、強くてニューゲームする妄想のあとの賢者タイムは復活の呪文を唱えるエムピーすら残っていない、エラーを吐くだけ吐いても、何も減らない、何も増えない、修正パッチよりもモッドが欲しい、
 サーバのメンテナンス前って、世界が終わるみたいで、ドキドキするよね、きょう朝五時前、そう言い残してログアウトした彼女が、ゲームのアバターと同じ位置に同じ色のバッジをつけて、前髪をてのひらで抑えながら、俯きがちに歩いてくる、ぼくはあのあと、メンテがはじまって回線が切断されるまで、パッドを握って立ち尽くしたまま、彼女が消えた空間を見つめていた、
ゲームオーバー、外気温と体温の境界がなくなりはじめる、排熱ファンをもたないぼくらは、ほとんどこの街そのものになりつつある、太陽、討伐するクエストないの、経験値おいしそうだね、耐性装備整えないと、バフだったらまかせて、デスペナがキャラロストだったとしても、保存された会話ログは残る、負けたら罰ゲームね、なにそれ、外行ってアイス買ってくる、そこに自販機あるじゃん、わたしが食べたいのが売り切れだった、勝つこと前提かよ、筐体を挟んで彼女と向かい合わせに座り、百円玉を取り出す、誰もいない街の中で、夏がカンストする、


『あるところに、vol.2』掲載
http://arutokoroni.com/

ノンプレイヤーシティ

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2014年4月21日月曜日

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